
「またこの掛け算か」
円の面積の問題に取り組んでいたとき、ふと出た言葉です。
それでも、そのあと手が止まることはありませんでした。
図を見ながら、何度も公式を確認していた
この日は、算数の「円の面積」のプリントに取り組みました。
問題の図を見ながら、
「ここが半径で…」
「半径×半径×3.14…」
と、公式を何度も口にしながら進めていました。
ただ計算しているというより、図と公式を行き来しながら、自分の中で考え方を整理している様子でした。
アセスメント記録にも、
問題の図を見ながら考え方を整理していました。公式の半径✖️半径✖️3.14をなんども呟きながら取り組みました。
と残されています。
「またこの掛け算か」という言葉
円の面積では、3.14を使った計算が何度も出てきます。
途中で、
「またこの掛け算か」
という言葉が出ました。
一見すると、うんざりしたような言葉にも聞こえます。
でも、そのあとも問題を解き続けていたことを考えると、少し違う意味も見えてきます。
同じような計算が何度も出てくる。
つまり、計算の“型”に気づき始めていたのかもしれません。
「また出てきた」という感覚は、単なる嫌さだけではなく、
「この形、前にもやった」
「同じように考えればできそう」
という見通しにもつながっていきます。
「難しい」と言いながら、進み続けていた
振り返りには、
「うれしかったことは全問正解でした。むずかしかったことはすべて難しかったです。」
と書かれていました。
全問正解だった。
でも、簡単だったわけではありません。
実際、アセスメントにも、
3.14を毎回かけるので、途中『またこの掛け算か』と言っていましたが、手を止めることなく解き進めることができました。
と記録されています。
「難しかった」と感じながらも、図を見て、公式を確かめて、もう一度計算する。
その繰り返しの中で、少しずつ問題の形をつかもうとしていました。
「できた」より前にある学び
学習では、正解したかどうかが目立ちやすいです。
でも、この日の学びで印象的だったのは、全問正解そのものよりも、
「またこの掛け算か」
と言いながら、自分で考え続けていた時間でした。
同じ計算が繰り返されることに気づき、公式を何度も口にしながら、自分なりに整理していく。
“覚えたからできた”というより、繰り返しの中から少しずつ見通しを作っていくような学び方が見えていました。


