
登校しぶりが2週間、3週間と長引いている。
朝になると体調不良を訴え、学校に行きたくないと言う。
「休ませるべき?」「無理にでも行かせるべき?」
答えが見つからないまま、親だけが焦っていませんか。
登校しぶりは、甘えでも怠けでもなく、負荷のミスマッチのサインであることが少なくありません。
大切なのは、行かせるかどうかの二択ではなく、今の状態を見取り、学びを再デザインすることです。
この記事では、登校しぶりが長引く原因と初期対応、そして不登校に移行させないための視点を整理します。
横浜で学びの選択肢を探している保護者の方にも役立つ内容です。
登校しぶりが長引くのはなぜ?小学生・中学生の「学校に行きたくない」が続くときに親が最初に考えること
登校しぶりが数日でおさまることもあれば、1週間、2週間と続くこともあります。
「そのうち戻るだろう」と思いながらも、毎朝同じやりとりを繰り返していると、親の心のほうが先に疲れてしまうことも少なくありません。
まず大切なのは、長引いている=失敗しているではない、という視点です。
子どもは怠けているわけでも、親が甘やかしているわけでもない可能性が高い。
多くの場合、そこには「負荷のズレ」が起きています。
毎朝泣く・体調不良が続く…これは不登校の前兆?
朝になると腹痛や頭痛を訴える。
玄関まで行くけれど動けない。
月曜日だけ極端に不調になる。
こうした状態が続くと、「このまま不登校になるのでは」と不安になります。
文部科学省の不登校に関する調査でも、不登校に至る前段階として「情緒的な不安」「身体症状」「対人関係のストレス」が重なっていくケースが多いことが示されています(文部科学省『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』)。
また、海外で研究されている school refusal(学校場面に対する強い情緒的不安を伴う回避行動)に関する研究では、不安症状との関連が高いことが指摘されています(Kearney & Albano, 2004)。
つまり、
「行きたくない」の背後には、恐怖や不安という感情が存在している可能性があります。
ここで重要なのは、「行かせるかどうか」よりも先に、
何が負荷になっているのかを見ることです。
「まだ大丈夫」と思いたい親の本音
多くの保護者は、こう考えます。
- まだ完全に休んでいるわけではない
- 行ける日もある
- 甘えなのかもしれない
- 自分の対応が間違っているのではないか
そして、周囲と比較してしまう。
しかし、比較は状況を見えにくくします。
重要なのは、「他の子がどうか」ではなく、わが子の負荷の状態がどうかです。
登校しぶりが長引くとき、親の中で起きているのは「焦り」と「罪悪感」です。
焦ると、正解を急ぎたくなります。
- 休ませるのが正解?
- 無理にでも行かせるのが正解?
けれど、教育に万能の正解はありません。
あるのは、「今の状態を丁寧に見ること」です。
休ませる?行かせる?判断できずに苦しくなる理由
登校しぶりが長引くと、家庭内で意見が割れることもあります。
- 父親は「行かせるべき」と言う
- 母親は「今日は休ませたい」と思う
この対立は、子どもの問題というより、大人の不安の表れであることも多い。
ここで一度整理したいのは、
「1日休むこと」と「不登校が長期化すること」は同じではない、という点です。
心理学的にも、短期的な休息は回復につながることがあります。
一方で、負荷の正体を見ないまま時間だけが過ぎると、回避行動が固定化する可能性もあります。
つまり、問題は「休むかどうか」ではなく、
休んだあと、どう再デザインするかなのです。
長引いているときに最初に考えるべきこと
登校しぶりが長引くとき、最初に考えるべきは次の3点です。
- 何が具体的な負荷になっているか
- その負荷は調整可能か
- 学びは止まっていないか
特に3つ目は見落とされがちです。
「学校に行けていない=学びが止まる」という思い込みは強い。
しかし、学びは場所だけで決まるものではありません。
大切なのは、
子どもの状態を見取り、今の状態に合った学びを再デザインすることです。
これは「甘やかす」ことではありません。
むしろ、最適な負荷を探すプロセスです。
登校しぶりが長引くことは、
危機ではなく、再デザインのサインかもしれません。
焦らなくていい。
しかし、放置もしない。
その間にある選択肢を、これから一つずつ整理していきます。
登校しぶりが長引く原因|小学生・中学生の「学校に行きたくない」は怠けではなく“負荷のミスマッチ”
登校しぶりが2週間、3週間と続くと、どうしても頭をよぎる言葉があります。
「甘えなのでは?」
「怠けているのでは?」
しかし、多くの場合、そこにあるのは“意欲の問題”ではありません。
環境と子どもの状態のミスマッチです。
教育心理学の視点では、行動は単独で起きるものではなく、
「個人 × 環境」の相互作用の中で生まれると考えます(Bronfenbrenner, 1979)。
つまり、
子どもだけが問題なのではなく、
環境との関係性の中で負荷が高まりすぎている可能性があります。
ここでは、登校しぶりが長引く代表的な“負荷のズレ”を整理します。
不安・対人ストレス|見えにくい心理的負荷
「いじめられているわけではない」
「大きなトラブルはない」
それでも行きたくない。
この背景には、慢性的な不安状態があることが少なくありません。
school refusal(学校場面に対する強い情緒的不安を伴う回避行動)研究では、
不安症状との関連が繰り返し指摘されています(Kearney & Albano, 2004)。
子どもはこうした言葉で表現することがあります。
- なんとなく怖い
- 失敗しそうで嫌
- 先生に当てられたくない
- みんなの視線が気になる
大きな事件はなくても、
小さな緊張の積み重ねが限界を超えることがあります。
勉強についていけない不安|自己否定の始まり
もう一つ多いのが、学習負荷のミスマッチです。
- 授業スピードが早い
- 基礎のつまずきが残っている
- テストの点が下がっている
この状態が続くと、子どもの中で次のような認知が生まれます。
「どうせできない」
「やっても無駄」
これは、心理学でいう学習性無力感(Seligman, 1975)の状態に近い。
できない経験が繰り返されると、
挑戦そのものを避けるようになります。
登校しぶりは、
学校そのものの拒否ではなく、失敗体験の回避であることもあります。
感覚過敏・刺激過多|教室という環境の負荷
見落とされがちなのが、物理的・感覚的負荷です。
- 教室のざわざわした音
- 給食の匂い
- 人との距離の近さ
- 長時間の座位
特に感覚特性をもつ子どもにとって、教室は刺激が強すぎる空間であることがあります。
外からは「普通の環境」に見えても、
本人にとっては耐え続ける場所になっている場合があります。
この場合、努力や根性では解決しません。
環境の調整が必要です。
人間関係の密度|集団の圧力
小学校・中学校の教室は、
非常に密度の高い人間関係空間です。
- クラス替え後の違和感
- 友達関係の微妙なズレ
- 役割期待のプレッシャー
思春期に入ると、対人評価への敏感さは一気に高まります。
「嫌われたくない」
「浮きたくない」
その緊張が限界を超えると、
“行かない”という選択が最もエネルギー消費の少ない行動になります。
「どうせできない」が固定化する前に
登校しぶりが長引くとき、危険なのは日数ではなく、
自己否定が固定化することです。
- 自分はダメだ
- 迷惑をかけている
- みんな普通にできている
こうした認知が強まると、
学校だけでなく、挑戦そのものから離れていきます。
ここで必要なのは、「叱咤」ではありません。
必要なのは、
最適負荷を再調整することです。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
子どもの状態を丁寧に見取り、今どこで負荷が過剰になっているかを確認し、学びを再デザインしていきます。
これは、逃げ道をつくることではありません。
成長が起きる領域(ZPD)に負荷を戻す作業です。
登校しぶりはいつまで様子を見る?無理に行かせるのは逆効果なのか
登校しぶりが長引くと、保護者が最も苦しくなるのはこの問いです。
「どこまで様子を見るべきか?」
「無理にでも行かせたほうがいいのか?」
正解があるようで、実は単純な二択ではありません。
ここで大切なのは、
「登校」という行動そのものよりも、
子どもの状態が上向いているか、下向いているかを見ることです。
1日休むことと、長期化することは別問題
まず整理したいのは、
短期的な休息と、回避の固定化は同じではないという点です。
心理学的には、強いストレス状態にあるとき、
一時的に刺激から離れることは回復に寄与することがあります。
しかし一方で、
不安を感じる状況から完全に距離を取り続けると、
「行けない自分」が強化される可能性もあります。
つまり、
- 休ませること自体が問題なのではない
- 休ませたあと、どう再接続するかが重要
なのです。
「今日は休む」という判断をした場合でも、
- 何が負荷だったのか
- 明日はどう軽くできるか
- 部分的に戻せる方法はあるか
を考えることが、長期化を防ぐ鍵になります。
登校刺激はどこまで必要か
「行けるなら行かせたほうがいい」という意見もあります。
確かに、完全に学校との接点を断つことが望ましいとは限りません。
ただし重要なのは、刺激の強さです。
- いきなりフルタイム復帰
- テストや発表がある日に無理に登校
- 事情を共有しないまま通常通り参加
これらは、負荷をさらに高める可能性があります。
行動療法的アプローチでも、
**段階的な exposure(段階的接近)**が推奨されます(Kearney, 2008)。
たとえば、
- 朝だけ学校に行く
- 別室で過ごす
- 放課後だけ登校する
といった段階的な再接続です。
問題は「行かせるかどうか」ではなく、
負荷をどの程度まで下げられるかです。
休ませる判断の見極めポイント
では、どのような場合に「いったん休む」判断が妥当でしょうか。
以下のようなサインがある場合、
回復を優先するほうが望ましいケースもあります。
- 強い身体症状(嘔吐・発熱を伴わない激しい腹痛など)が続く
- 夜眠れず、朝の不安が強い
- パニック状態になる
- 自己否定の言葉が増えている
この状態で無理に登校刺激を強めると、
学校=恐怖という結びつきが強化される可能性があります。
一方で、
- 家では元気
- 休むとゲームに没頭し、生活リズムが崩れる
- 学校の話題に一切触れなくなる
場合は、単純な休息ではなく、
学びの再デザインが必要な段階かもしれません。
親の不安が判断を揺らす
登校しぶりが長引くと、
親の中にも「恐れ」が生まれます。
- このまま不登校になるのでは
- 将来に影響するのでは
- 内申はどうなるのか
その不安が強いと、
早く元に戻そうと強い刺激をかけたくなります。
しかし、成長は「最適負荷」でしか起こりません。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
無理に戻すことよりも、
今の状態を丁寧に見て、負荷を再調整することを大切にしています。
これは甘やかしではなく、
成長が起きる領域(ZPD)に戻す作業です。
「様子を見る」は受け身ではない
本当の意味での「様子を見る」とは、
何もしないことではありません。
- 感情の動きを観察する
- 体調の変化を確認する
- 負荷の要因を言語化する
- 小さな挑戦を再設計する
つまり、見取りと再デザインの時間です。
放置ではなく、調整期間。
登校しぶりが長引いているとき、
必要なのは「強い判断」ではなく、
丁寧な観察と負荷調整です。
登校しぶりが2週間以上続くときの初期対応|家庭でできる3つのこと
登校しぶりが2週間以上続くと、
「一時的なもの」とは言い切れなくなります。
この段階で大切なのは、
焦って強い手を打つことではなく、家庭の中で“土台”を整えることです。
不登校に関する国内外の研究でも、早期介入の重要性が指摘されています。
ただしその介入は、強制ではなく、環境調整と安心の回復が中心です。
ここでは、家庭でできる3つの視点を整理します。
① 問い詰めない対話で「安心の土台」をつくる
登校しぶりが長引くと、ついこう言いたくなります。
- 何が嫌なの?
- どうして行けないの?
- みんな頑張ってるよ?
しかし、強い問いかけは、子どもにとって“追及”になります。
不安が高まっている状態では、
言語化そのものが難しいこともあります。
大切なのは、原因を特定することよりも、
安全に話せる空間をつくることです。
- すぐに答えを求めない
- 解決を急がない
- 感情を否定しない
「それはつらいね」
「朝がしんどいんだね」
こうした受け止めは、回避を助長するのではなく、
安心の回復につながります。
安心がなければ、再挑戦は起こりません。
② 生活リズムを崩さないことが最優先
登校しぶりが続くと、
昼夜逆転やゲーム依存が心配になります。
実際、生活リズムの崩れは長期化リスクを高めます。
ここでのポイントは、
- 登校できているかどうかより
- 生活が保たれているかどうかを見る
という視点です。
- 起床時間を大きくずらさない
- 朝はカーテンを開ける
- 食事を共にする
- 外に出る機会をゼロにしない
これらは小さなことですが、
回復力を保つための基盤になります。
登校はできなくても、
「社会との接点」を完全に失わないことが重要です。
③ 学びを止めない小さな再設計
「学校に行けていない=学びが止まっている」
と感じると、親の不安は一気に強まります。
しかし、学びは教室だけで起きるものではありません。
大切なのは、
最適な負荷で再スタートを切ることです。
心理学者ヴィゴツキーが示したZPD(発達の最近接領域・最近接発達領域)は、
「支援があれば到達可能な領域」で成長が起きると述べています。
負荷が高すぎれば回避が起き、
低すぎれば成長は起きません。
この“ちょうどよさ”を探す作業が、再デザインです。
- 10分だけ勉強する
- 得意科目から始める
- オンライン教材を使う
- 学校の課題を一部だけ取り組む
「全部戻す」のではなく、
部分的に接続する。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
挑戦の履歴を可視化しながら、子どもの状態に合った負荷を調整していきます。
点数や順位ではなく、
「今どこにいるか」を見取り、
次の一手を整える。
これが、長期化を防ぐ鍵になります。
2週間という目安の意味
2週間という期間は絶対的な基準ではありません。
ただし、
- 同じ状態が固定している
- 親子ともに疲弊している
- 負荷の正体が見えない
場合は、外部の視点を入れるタイミングでもあります。
学校、教育相談、専門機関、
あるいは学びの環境そのものを再考することも含めて。
重要なのは、
「我慢比べ」にしないことです。
登校しぶりは、
勝ち負けの問題ではありません。
再び挑戦できる状態を整えること。
それが初期対応の本質です。
不登校に移行させないために必要なのは「評価」ではなく見取りと学習デザイン
登校しぶりが長引くと、多くの保護者がこう考えます。
- 成績は大丈夫だろうか
- 遅れは取り戻せるのか
- このまま不登校になってしまうのではないか
その不安の中心にあるのは、「結果」です。
しかし、ここで視点を変える必要があります。
不登校への移行を防ぐために重要なのは、
結果を測ることではなく、今の状態を丁寧に見取ることです。
成績を見る前に、負荷を見る
成績が下がったから登校しぶりが起きるのではありません。
多くの場合、負荷の過剰状態が続いた結果として、行動に変化が現れます。
形成的アセスメント(Black & Wiliam, 1998)が示すように、
学習において重要なのは、最終的な点数よりも、
- どこでつまずいているのか
- どの段階で理解が止まっているのか
- 次に何をすれば前に進めるのか
を把握することです。
MOANAVIでは、これを「評価」とは呼ばず、
子どもの様子を見取り、次の学びにつなげる行為と捉えています。
ジャッジではなく、調整。
この違いは大きい。
ZPD(最近接発達領域)と最適負荷
ヴィゴツキーのZPD理論では、
成長は「少し難しいけれど、支援があれば届く領域」で起こるとされます。
負荷が高すぎると回避が起き、
低すぎると退屈になります。
登校しぶりが長引くときは、
多くの場合、負荷がZPDを超えています。
- 勉強がわからない
- 周囲と比較される
- 失敗体験が重なっている
この状態で「頑張れ」は、
負荷をさらに高めるだけです。
必要なのは、
負荷をZPDまで戻す再デザインです。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
一律の進度ではなく、子どもの現在地に合わせて学びをデザインします。
これは「ゆるい教育」ではありません。
最適負荷を見つける、緻密な調整です。
挑戦の履歴を可視化するという発想
登校しぶりが長引くと、
子どもの中に「できていない自分」というイメージが固定化しやすくなります。
ここで重要なのは、
挑戦の履歴を可視化することです。
スタディポイントの考え方では、
- 難易度を自分で選ぶ
- 挑戦を続ける
- 自己調整する
というプロセスそのものを重視します。
結果ではなく、挑戦の軌跡を見る。
これは自己効力感の回復につながります(Bandura, 1997)。
「できた」よりも、
「挑戦できた」が増えること。
その積み重ねが、
再び教室に向かう力になります。
不登校にさせないことが目的ではない
ここで一つ大切な視点があります。
目的は「不登校にさせないこと」ではありません。
目的は、成長が止まらない状態を保つことです。
学校という場所が一時的に合わない場合でも、
学びのデザインを整え直せば、成長は続きます。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
公教育を否定するのではなく、
その役割を尊重しながら、今の状態に合った学びを再構築します。
大切なのは、
- 行かせること
- 休ませること
の二択ではなく、
成長が起きる環境をどう整えるかです。
学校以外の選択肢は最後の手段ではない|横浜で学びを再デザインする方法
登校しぶりが長引くと、多くの保護者がこう考えます。
「まだ転校やフリースクールを考える段階ではない」
「学校以外の選択肢は、最後の手段では?」
その気持ちは自然です。
公教育は大切な基盤であり、簡単に離れるべきではないという思いもあるでしょう。
しかし視点を少し変えてみてください。
学校以外の選択肢は、「逃げ道」ではありません。
学びを止めないための再デザインの手段です。
校内支援教室・別室登校という選択
まず考えられるのは、学校内での調整です。
- 別室登校
- 保健室登校
- 校内支援教室の利用
これは「不登校」ではなく、
負荷を下げる段階的な接続です。
ただし、すべての子どもに合うわけではありません。
- 教室の刺激が強すぎる
- 人間関係そのものが負荷になっている
- 学習スピードが合わない
場合、場所を変えても本質的な負荷が残ることがあります。
ここで重要なのは、
「在籍の形」ではなく、成長が起きているかどうかです。
フリースクール・オルタナティブスクールの違い
学校外の選択肢として、
- フリースクール
- オルタナティブスクール
があります。
フリースクールは居場所支援に強みを持つところが多く、
安心回復を中心に据えるケースが一般的です。
一方、オルタナティブスクールは、
学習の進度や方法そのものを再構築する場です。
重要なのは、
- 学びが構造化されているか
- 負荷調整が行われているか
- 挑戦が積み重なる仕組みがあるか
という視点です。
「優しい環境」だけでは、
自己効力感は回復しきれません。
必要なのは、
安心と挑戦の両立です。
横浜で学びを再デザインするという発想
横浜市内にもさまざまな学びの選択肢があります。
ただ、登校しぶりが長引いている段階では、
「転校」や「完全に学校を離れる」という決断は重すぎることもあります。
その間にある選択肢。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
在籍校との関係を尊重しながら、学びを再デザインします。
- 今どこで負荷がかかっているかを見取る
- ZPDに戻す負荷調整
- 挑戦履歴を可視化するスタディポイント
これは、単なる居場所ではありません。
成績至上主義でもなく、
放任でもない。
最適負荷のデザインです。
「戻す」より「整える」
登校しぶりが長引くと、
どうしても「元に戻したい」という気持ちが強くなります。
しかし、同じ環境に同じ形で戻すことが、
必ずしも最善とは限りません。
必要なのは、
- 子どもの状態
- 負荷の種類
- 成長の余白
を踏まえた再設計です。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
公教育を否定せず、その役割を尊重しながら、
より丁寧に学びをデザインします。
学校以外の選択肢は、
「最終手段」ではありません。
成長を止めないための、もう一つの道です。
学びは止めないという選択|登校しぶりが長引いても成長は続く
登校しぶりが長引くと、
保護者の頭の中には強い言葉が浮かびます。
「このまま取り残されるのではないか」
「学力がどんどん下がってしまうのではないか」
しかし、ここで改めて確認したいことがあります。
登校と学びは、必ずしもイコールではありません。
もちろん学校は重要な学びの場です。
けれど、成長そのものは「場所」よりも「負荷の質」によって決まります。
学びが止まるとき、実は起きていること
本当に止まってしまうのは、学力よりも先に、
挑戦する力です。
- どうせできない
- やっても無駄
- 失敗したくない
この状態が固定化すると、
登校だけでなく、あらゆる挑戦から距離を取るようになります。
心理学者バンデューラが示した自己効力感理論(Bandura, 1997)でも、
成功体験よりも重要なのは「達成可能な挑戦の積み重ね」であるとされています。
つまり、
必要なのは“戻す”ことではなく、
挑戦を再開できる状態をつくることです。
最適負荷が整えば、成長は再び動き出す
ヴィゴツキーのZPD理論が示す通り、
成長は「少し難しい」領域で起こります。
登校しぶりが長引いているときは、
負荷が高すぎる状態にある可能性が高い。
そのまま元に戻そうとすると、
再び同じ負荷に直面します。
だからこそ、
- 負荷を下げる
- 小さな成功をつくる
- 挑戦の履歴を可視化する
というプロセスが必要です。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)では、
点数や偏差値ではなく、
子どもの現在地を丁寧に見取り、次の一手を整えます。
これは「ゆっくり進む」ことが目的ではありません。
最短距離で成長するための、負荷の再調整です。
公教育を否定しないという立場
大切なのは、学校を敵にしないことです。
公教育には公教育の役割があります。
社会的な接続、集団経験、多様な出会い。
ただし、今の状態に合わないときは、
負荷を整える期間が必要な場合もあります。
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)は、
学校と対立するのではなく、
学びを協創する立場をとっています。
戻ることを前提にする場合もあれば、
別の道を探る場合もある。
どちらも「成長」という軸で考えます。
登校しぶりは終わりではない
登校しぶりが長引くことは、
失敗ではありません。
それは、
今のデザインが合っていないというサインです。
デザインは変えられます。
負荷は調整できます。
挑戦は再開できます。
学びは成長のためにある。
だからこそ、
登校しぶりが長引いても、
成長そのものを止める必要はありません。
まとめ|登校しぶりが長引くとき、焦らなくていい。でも放置もしなくていい
登校しぶりが長引くと、
保護者は「早く元に戻さなければ」と焦ります。
- 休ませるのが正解か
- 無理に行かせるのが正解か
- いつまで様子を見るべきか
けれど、本当に大切なのは二択の答えではありません。
大切なのは、
- 何が負荷になっているのかを見ること
- その負荷を調整できるかを考えること
- 学びを止めない仕組みを整えること
登校しぶりは、
怠けや甘えではなく、負荷のミスマッチのサインであることが多い。
そして、負荷は再デザインできます。
短期的な休息が必要な場合もあります。
段階的な接続が必要な場合もあります。
環境そのものを見直すことが必要な場合もあります。
どれも「失敗」ではありません。
一人で抱えなくていい
登校しぶりが長引くと、
家庭内の空気も重くなります。
- 親の焦り
- 父母の意見の違い
- 兄弟との比較
けれど、我慢比べにしなくていい。
再デザインは、
家庭だけで抱え込むものではありません。
横浜で学びの選択肢を探しているなら、
モアナビ協創学園(https://moanavi.com/school)は、
「学校に戻すかどうか」ではなく、
「成長をどう続けるか」という軸で一緒に整理します。
学びは成長のためにある。
登校しぶりが長引いても、
成長は止まりません。
焦らなくていい。
でも、放置もしなくていい。
その間にある選択肢を、
丁寧に一つずつ整えていきましょう。
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この記事を書いた人
西田 俊章(MOANAVIスクールディレクター/STEAM教育デザイナー)
公立小学校で20年以上、先生として子どもたちを指導し、教科書の執筆も担当しました。
現在はMOANAVIを運営し、子どもたちが「科学・言語・人間・創造」をテーマに学ぶ場をデザインしています。

