「わり算を何かいもやるとたのしい」初めての文章問題に挑戦した日

「わり算の文章問題を、はじめてやりました。」

学習の最後に残された一言です。

その言葉の前には、「わり算はたのしい」という積み重ねがありました。

学校に行きづらい日があっても、
学びを止めない選択肢があります。

モアナビ協創学園では、
一人ひとりの現在地から、
無理のない一歩を整えていきます。

👉 実際の学びの様子を見る

「わり算はたのしい」が増えていった

この日の学習は、64マス計算から始まりました。

「かけ算はスイスイできます。」

そう振り返ったあと、かけ算のきまりに取り組みます。

「かけ算のきまりを守るとかんたんです。」

計算への苦手意識は見られません。

一つひとつの学習に取り組みながら、自分なりの気づきを言葉にしていました。

その後は、わり算パズルへ。

振り返りには、

「わり算パズルはだいすきです。」

と残っています。

さらに、わり算のプリントにも取り組みました。

そこで出てきたのが、

「わり算を何かいもやるとたのしいです。」

という言葉でした。

わり算は、一度解いて終わりではありません。

同じような問題を何度も解きながら、少しずつ理解を深めていく学習です。

その繰り返しを「たのしい」と感じていることが、この日の記録から伝わってきました。

初めての文章問題に向かった

2日後。

この日は、わり算の文章問題に取り組みました。

振り返りには、

「わり算の文章問題を、はじめてやりました。」

とあります。

計算問題なら式が最初から見えています。

しかし文章問題では違います。

何を求めるのか。

どの数を使うのか。

どんな計算をするのか。

文章を読みながら考え、自分で式を作らなければなりません。

ただ計算するだけではなく、問題の意味を読み取る力も必要になります。

これまで取り組んできたわり算が、次の段階へ進んだ瞬間でした。

九九で考えていたからこそ見えた課題

この日のアセスメントには、学習中の様子が記録されていました。

割り算を解く時に、九九から答えを探していて、九九にない答えだとわからなかったものは筆算で出す方法を教えてもらっていて解くことができた。

わり算を考えるとき、まず九九を使って答えを探していました。

これは決して悪いことではありません。

むしろ、九九を使って考えようとしていたからこそ、どこで困っているのかがはっきり見えていました。

九九の中に答えがある問題は解ける。

でも、九九だけでは答えが見つからない問題になると止まってしまう。

そこで新しく出会ったのが筆算でした。

方法を教わりながら、一つずつ解いていきました。

わからなかった問題を飛ばすのではなく、新しい方法を使って最後まで解こうとしていたことが印象的でした。

「できた」が積み重なった一日

文章問題のあとには、たし算の筆算にも取り組みました。

振り返りには、

「私はたし算がだい好きです。」

とあります。

さらに64マス計算では、

「64マス計算で間違いがなくてうれしかったです。」

と振り返っていました。

計算が得意だからうれしいのではありません。

自分で取り組み、間違いがなかったことを素直に喜んでいました。

続く学習では、

「算数の学習は好きです。」

という言葉も残っています。

学習の途中には初めての文章問題もありました。

新しい解き方にも出会いました。

それでも最後まで前向きな言葉が続いていたことが、この日の学びをよく表しています。

MOANAVIで初めての理科にも挑戦

この日は算数だけでは終わりませんでした。

最後には理科のプリントにも取り組みました。

内容は「チョウの育ち方」です。

振り返りには、

「MOANAVIで理科をはじめてやりました。」

とありました。

算数では初めての文章問題。

理科では初めての理科学習。

一日の中で、いくつもの「初めて」に出会っていました。

小さな変化が見えた日

「わり算パズルはだいすきです。」

「わり算を何かいもやるとたのしいです。」

そんな言葉から始まった学びは、

「わり算の文章問題を、はじめてやりました。」

へとつながっていきました。

好きだから続ける。

続けたから初めての問題にも挑戦する。

そして、九九だけでは解けなかった問題に、筆算という新しい方法で向き合う。

大きな出来事ではないかもしれません。

でも、学びの中では確かな前進でした。

「たのしい」という気持ちが、新しい学習へ向かう力になった一日でした。

タイトルとURLをコピーしました