子どもの未来だけじゃない。親の人生も一緒に輝く“不登校時代の新しい選択肢”

子どもが学校に行けない、行きたがらない。
そんな日々が続くと、親の心は少しずつ疲れていきます。
「どうしたらいいのだろう」「このままで大丈夫なのか」――
先の見えない不安の中で、自分を責めてしまうこともあるでしょう。

はじめまして。
manabloomのセミナーを担当します、西田俊章(にしだとしあき)です。
MOANAVIスクールディレクター、そしてSTEAM教育デザイナーとして、
教員時代も合わせるとこれまで20年以上、子どもたちの育成に携わってきました。
私自身や家族が不登校を経験したわけではありません。
だからこそ、ここは「当事者の会」ではなく、
今の状況を冷静に見つめ直し、前に進むための学びの場にしたいと思っています。

このセミナーでは、家庭を整え、
「子どものため」だけでなく「自分たちのため」に動き出すヒントをお伝えします。
焦らず、比べず、今日できる小さな一歩を一緒に見つけましょう。

※本記事の内容は、manabloomオンラインセミナー「子どもの未来だけじゃない。親の人生も一緒に輝く“不登校時代の新しい選択肢”」でお話ししている内容の一部をもとに構成しています。
当日のセミナーでは、ここで紹介している考え方をさらに深め、
実際にご家庭で取り入れられる行動や工夫を、具体的にお伝えしています。


「子どものため」ではなく「自分たちのために」動くということ

子どもが学校に行けなくなる。
それは、親にとっても家庭にとっても、大きな衝撃です。
「どうすればまた学校に行けるようになるのか」「自分の育て方が悪かったのではないか」――
そんな思いが頭をめぐり、気づけば一日中そのことを考えてしまう。
けれど、その“どうにかしなきゃ”という気持ちが強いほど、
家庭の空気は少しずつ重くなっていきます。

子どもが止まっているときに、親がさらに頑張っても、
家族のバランスは崩れていく一方です。
必要なのは「もっと頑張ること」ではなく、
家庭全体のリズムを整え直すこと
親が無理をやめることで、家族全体に呼吸が戻ってくる。
これが、manabloomが伝えたい第一の考え方です。


「子どものために」ではなく「自分たちのために」

私たちはつい、「子どものために」という言葉を口にします。
でもその優しさが、時に親を追い詰めます。
「この子のために」「自分が頑張らなきゃ」と思い詰めるほど、
家庭に流れる時間が、張りつめたものになっていくからです。

ここで一度、発想を転換してみましょう。
「子どものために」ではなく、「自分たちのために」。
子どもを中心に置くのではなく、家庭全体の“心地よさ”を中心に置くのです。
家族みんながほっとできる時間を増やす。
それができれば、子どもは自然と動き出すエネルギーを取り戻します。

親が疲れ切っている家庭では、どんなに優しい言葉も届きにくい。
でも、親が穏やかに笑っていれば、
子どもは“ここは大丈夫”と感じる。
だから、親が自分のために、家族のために、
少しでも心地よい時間を取り戻すことは、
「わがまま」ではなく、「家庭の再生」なのです。


家庭が育つ3つの行動視点

manabloomでは、不登校の解決を「努力」ではなく「整える」ことで考えます。
家庭というひとつの生態系を、少しずつ整えていく。
そのための行動には、3つの視点があります。


① 時間を整える行動

毎日の中で、いつのまにか「時間に追われる暮らし」になっていませんか?
朝起きて、学校や仕事の準備、家事、食事――
それらは大切なことですが、
どこか“息をする余裕”がなくなっている家庭も少なくありません。

manabloomが大切にするのは、「時間を管理する」ことではなく、「時間を味わう」ことです。
たとえば、朝に家族で窓を開けて深呼吸をする。
昼食後、少し一緒にお茶を飲む。
夜、ほんの5分でもいいから、家族で「今日どうだった?」と話す。
そうした小さな時間を“確保する”ことではなく、“味わう”ことが、家庭を整えていきます。

時間の流れを変えると、家庭の空気が変わります。
それは、特別な予定を入れるよりずっと大きな効果をもたらします。


② 関係を育てる行動

子どもに何かを教えよう、変えようとする前に、
「一緒に考える」「一緒に過ごす」ことを意識してみてください。
親が焦るほど、子どもは心を閉ざしていきます。
でも、“答えを急がない”ことで、関係が回復していきます。

たとえば、子どもが黙っていても、
同じ空間で別々のことをしていてもかまいません。
「話さない時間」を“悪い時間”だと捉えず、
「安心して沈黙できる時間」として受け止めてみましょう。

親が「待つ」ことには、強い力があります。
その静けさが、家庭に“安心”という土台をつくります。


③ 生き方を見直す行動

不登校は、子どもの人生が止まったように見えるけれど、
実は、親にとっての「問い直しの時間」でもあります。
「私はどう生きたいのか」「家族でどう暮らしたいのか」。
子どもを支えるだけでなく、自分の生き方を取り戻す時間でもあるのです。

多くの親が、不登校を機に「働き方を変えた」「暮らしを見直した」と話します。
それは、社会から一歩引くことではなく、
**家族のリズムに合った“生き直し”**です。

“子どもの問題”ではなく、“家庭の再設計”。
その視点を持つことで、家族全体の生き方がしなやかに変わり始めます。


不登校は、家庭の形をいったん見直すための出来事です。
子どもを無理に動かそうとせず、
家族が少しずつ呼吸を取り戻していく。
その中心にあるのは、「頑張る」でも「我慢する」でもない、
“整える行動”というやさしい力です。


2. 親の人生も、もう一度動き出す

子どもが学校に行けなくなる。
その瞬間、親の心も止まってしまうことがあります。
「どうしてうちの子が」「何がいけなかったんだろう」――
頭では冷静でいようとしても、心の中では焦りと自責の念が交錯します。
家の中が静まり返り、時計の針だけが進んでいく。
そんな日々を経験した保護者は少なくありません。

けれども、manabloomが伝えたいのは、
不登校は“止まる”ことではなく、“動き出す”きっかけだということです。
しかもそれは、子どもではなく親のほうが先に動き出す番かもしれません。


「動けない子」を変えようとする前に

多くの親が最初に取る行動は、「子どもを動かそう」とすることです。
声をかけ、励まし、場合によっては叱る。
もちろん、そこに悪意はありません。
愛情があるからこそ「なんとかしてあげたい」と思うのです。

しかし、子どもが動けない状態のときは、
そのエネルギーを受け止めきれずに苦しくなることがあります。
そして親もまた、「何をしても届かない」「もう打つ手がない」と感じて、心がすり減っていく。

ここで大切なのは、“子どもを変えようとすること”から“自分を動かすこと”への転換です。
子どもの心のペースに合わせて、親が一歩、呼吸を整える。
それだけで家庭の空気は少しずつ変わっていきます。


親が動くと、家庭が動き出す

家庭の中では、親の感情が“空気”を作ります。
親が焦っていると、子どもも焦りを感じ取る。
逆に、親が落ち着いていると、子どもも少しずつ心を開いていく。

だから、親が「何かをしよう」と力む必要はありません。
むしろ、「どう動くか」よりも、「どう在るか」。
その静かな姿勢こそ、子どもにとって最大のメッセージになります。

たとえば、親が朝にゆっくりとお茶を淹れる。
深呼吸して、「今日はどんな一日にしようかな」とつぶやく。
そんな些細な行動でも、家庭の空気は確実に変わります。
子どもは親の“余裕”を感じると、自分も少し安心できるのです。

「動けない子どもにどう関わるか」よりも、
「動ける親としてどう日々を過ごすか」。
そこにmanabloomの哲学があります。


親の姿が、子どもの未来になる

子どもは、親の言葉よりも、親の姿を見ています。
疲れ切った親が「頑張れ」と言っても、その言葉は届きません。
けれど、親が自分の暮らしを立て直していく姿――
笑顔を取り戻し、小さな喜びを見つけていく姿――
それは、子どもにとって「大人になるって悪くない」と思える希望になります。

manabloomが大切にしているのは、
「子どもを動かす」ことではなく、
「親の人生が動き出す」ことが家庭を再生させるという考え方です。
親が自分を大切にし、自分の時間を取り戻す。
その行動が、子どもにとっての“安心のモデル”になります。


🌿 自分を取り戻す小さな行動

ここからは、日々の暮らしの中でできる小さな実践を紹介します。
どれも、特別な準備や時間は必要ありません。
けれど、それらの行動が積み重なることで、
親自身が「自分を支える力」を少しずつ取り戻していきます。

  • 朝、窓を開けて深呼吸をする。
     夜の空気を外に出して、新しい朝を迎える。
     それだけで、“今日を始める”という感覚が戻ってくる。
  • 5分だけ散歩をする。
     遠くに行く必要はありません。
     玄関の外に出て空を見上げるだけでもいい。
     季節の風や音を感じることが、心の余白をつくります。
  • ノートに「今日できたこと」をひとつ書く。
     家事でも、声をかけたことでも、なんでも構いません。
     それを「自分を責めるメモ」ではなく、「自分を認める記録」にする。
     この習慣が、日々の小さな自信を育てます。

これらの行動は、子どものためにやるものではありません。
自分を整えるための行動です。
でも、不思議なことに、親が自分を大切にすると、
家庭全体が少しずつ穏やかに動き始めます。


親が動けば、家庭が動く。
家庭が動けば、子どもは安心して立ち止まれる。
manabloomは、その“静かな動き”を大切にしています。


🌸 家族と暮らしを再設計する

不登校の期間は、家庭の生活リズムが大きく揺らぎます。
朝起きる時間がバラバラになり、昼夜が逆転し、家の中の時間が止まったように感じることもあります。
「なんとか元の生活に戻さなきゃ」と思うほど、焦りが募っていく。
でも、不登校以前のリズムに“戻る”必要はありません。
むしろ、この機会に家族全体で「これからどう暮らしていきたいか」を考え直す時間にしていいのです。


暮らしを“取り戻す”のではなく、“つくり直す”

不登校の子どもがいる家庭は、少しずつ「時間の自由」を取り戻しています。
朝の慌ただしさがなくなり、夕方にゆっくり話せるようになる。
皮肉なことのように聞こえるかもしれませんが、
それは家族がもう一度「暮らし」を設計し直すチャンスでもあるのです。

「今まで当たり前だったこと」を一度疑ってみる。
「朝は7時に起きる」「昼は学校」「夜は宿題」――そんな固定された型の中に、
子どもも親も、どこかで窮屈さを感じていたのかもしれません。

だからこそ、不登校という出来事を「生活の再設計」のきっかけにしてみる。
「どんな一日が心地よいか」「どんな時間を家族で大切にしたいか」。
それを親子で話し合いながら、“新しい暮らしの形”をデザインしていく。


小さな習慣を“家族のリズム”に変える

再設計は、決して大きな改革ではありません。
毎日の中でできる小さな行動を、家族の“共通の習慣”にしていくこと。
それが家庭の安定を取り戻す最初の一歩です。

たとえば――

朝、親子でいっしょに窓を開けて空気を入れ替える。
外の風が部屋に入ってくる瞬間、空気も心もリセットされます。
子どもが無言でも構いません。
その「無言の共有」こそ、家族の呼吸がそろい始める合図です。

夕食後、「今日よかったこと」を一言ずつ言い合う。
「おいしいごはんだった」「猫がかわいかった」「少し散歩できた」。
どんな小さなことでもいい。
それを声に出すだけで、家の中に“あたたかい循環”が生まれます。
家庭は「言葉」で動くのではなく、「声」で動くのです。

土日は予定を詰めず、“何もしない時間”を共有する。
何かを成し遂げる休日よりも、「ただ一緒にいる休日」を。
その静けさの中で、家族それぞれが安心して過ごす。
スマホもテレビも消して、同じ空間にいるだけでいい。
“動かない時間”が、次の“動ける時間”をつくります。


暮らしが学びになる

子どもが学校に行かない期間、
「学びが止まってしまった」と感じる親は少なくありません。
けれど、本当の学びは「机の上」だけにあるわけではありません。
朝の空気、食卓での会話、何もしない時間の中にも、
人と関わり、生き方を考えるための“学び”が詰まっています。

manabloomでは、このような暮らしそのものを「学びの場」にする視点を大切にしています。
子どもが動けないときこそ、家庭の中に学びが生まれる。
それは「親が教える」学びではなく、
「家族で一緒に気づいていく」学びです。

たとえば、朝に空を見上げることで「天気」「季節」「時間の流れ」を感じる。
食卓で「今日のよかったこと」を話すことで、
「言葉の力」や「人とのつながりの温度」を学ぶ。
こうした日常の中の学びが、子どもにとって“生きる力”を支えます。


家族の再設計は、親の再出発でもある

暮らしを整えることは、同時に親の人生を整えることでもあります。
不登校を機に、家庭のペースを見つめ直し、
「自分はどう生きたいのか」を考え直す親も多くいます。

それは、決して“子ども中心の我慢の生活”ではありません。
むしろ、親が自分らしい生き方を取り戻すことが、
家庭の安定につながっていくのです。

朝、少し早く起きて自分の好きな音楽を聴く。
昼に10分だけ自分のためにコーヒーを淹れる。
夜、子どもが眠ったあとに本を一ページだけ読む。
こうした「自分を大切にする小さな時間」が、家庭に“やさしい余白”をもたらします。

家族の暮らしは、親の心のあり方に反映されます。
だからこそ、暮らしを再設計することは、親の再出発そのもの。
親が自分を立て直す姿は、
「大人も学び続けていい」「生き方を変えていい」というメッセージになります。


暮らしの再設計は「希望の設計」

不登校の家庭において、
「今日一日がうまくいくかどうか」は誰にもわかりません。
でも、今日を少しだけ整えることはできる。
manabloomは、その小さな整え方を見つけるための場所です。

暮らしを変えることは、人生を変えること。
家族で「どう暮らすか」を考えることが、
やがて「どう生きていくか」につながっていく。
そこに、子どもの未来と親の再出発が重なっていきます。


🌼 働き方・生き方を見直す

不登校という出来事は、子どもの生活だけでなく、
親の働き方にも大きな影響を与えます。
朝、子どもを送り出す生活がなくなり、
在宅で過ごす時間が増える。
職場に事情を説明したり、シフトを減らしたり、
ときには仕事そのものを辞めざるを得ない場合もあるでしょう。

「仕事を続けたいけど、子どもをひとりにしておくのが心配」
「休みを取るたびに、同僚や上司に申し訳ない気持ちになる」
そんな思いを抱える親たちは少なくありません。

けれど、ここでも大切なのは、
“以前の働き方に戻ること”を目指すのではなく、
“これからの生き方をつくり直す”という発想です。


「キャリアの中断」ではなく「生き方の再構築」

子どもが学校に行かなくなると、
親の時間は一変します。
これまで当たり前だった出勤時間・昼休み・夕方の帰宅。
そのリズムが崩れたことで、
「自分の居場所」や「社会とのつながり」を見失う人もいます。

でも、それは“失う”ことではありません。
それは、これまでの生き方を見直す機会です。
働くとは、本来「生活を支えるため」だけではなく、
「自分が社会とつながる方法」であり、
「自分らしく生きるための表現」でもあります。

manabloomが伝えたいのは、
子どもの不登校をきっかけに、
親自身が“生き直す”という選択をしてもいいということ。


家庭を中心にした働き方へ

最近では、家や地域を拠点にした柔軟な働き方が増えています。
オンラインの仕事、副業、フリーランス、地域の小さな活動──。
これまでの「会社で働く」「通勤して働く」という形だけが、
働く手段ではなくなっています。

家の中で子どもと過ごしながら、
自分の得意なことや経験を活かして働く。
それは、単なる経済的補填ではなく、
**家庭のリズムを整える“生き方の選択”**です。

たとえば、子どもが落ち着いた時間に
短時間だけオンラインで仕事をする。
夜ではなく、昼間に家事や創作をする。
こうした柔軟な働き方は、
家庭の安定と親の自己肯定感の両方を支えます。


「働くこと」を、もう一度定義し直す

不登校の期間に、親が「働けない自分」を責めることがあります。
でも、“働く”とは、単にお金を得ることではありません。

・家族の生活を整えること
・地域の誰かを助けること
・子どもと一緒に時間を過ごすこと

これらもすべて、社会を支える立派な“働き”です。
家庭の中で、家族を支え、
毎日を丁寧に回していくことは、
社会の基盤を整える「見えない労働」でもあります。

だから、「働けない」ではなく、
「働き方を見直している」と言葉を置き換えてみてください。
その瞬間から、視点が変わります。


地域や人との“つながり”を取り戻す

孤立しやすいのが、家庭で子どもと向き合っている親たちです。
外に出る機会が減ると、
「自分だけが置いていかれている」ように感じることがあります。

でも、外の世界とのつながりを、
もう一度“自分のペース”で取り戻していくことが大切です。

地域の図書館やカフェで過ごしてみる。
同じ立場の親と、情報交換ではなく“気持ちの共有”をする。
地域のイベントや講座に顔を出してみる。

そうした小さな社会参加が、
「私はまだ社会とつながっている」という感覚を思い出させてくれます。

そして、もしタイミングが来たら――
自分の経験や得意を、地域に還していく。
誰かの力になれることがあれば、それを形にしていく。

たとえば、**TOBASE(トベース)**のような地域の学びの拠点で、
小さな講座や活動を開くことも選択肢のひとつです。
特別な資格や経験がなくても構いません。
家庭での経験や、悩んだ時間そのものが、
誰かの学びを支える力になることがあります。

manabloomとTOBASEは、“家庭”と“地域”をつなぐ関係にあります。
家庭の中で育まれた学びを、
地域の中で少しずつ広げていく。
それが、親自身の「新しい働き方」であり、「生き方の循環」でもあります。


親が生きる姿が、子どもの希望になる

子どもが見ているのは、
「親がどんな仕事をしているか」ではなく、
「親がどんな顔で生きているか」です。

親が、自分の暮らしを見直し、
無理のないペースで社会とつながっていく姿。
それは、子どもにとって「生きる自由」を学ぶ機会になります。

不登校をきっかけに、家庭のリズムを整え、
働き方を見直すという選択は、
けっして“後退”ではなく“再出発”です。

manabloomは、その再出発を静かに応援しています。
家庭の中で、地域の中で、
自分のペースで動き出す親たちが、
子どもたちの未来を、見えないところで支えています。


🌈 行動は安心から生まれる

「何かを変えなければ」と思うとき、
私たちはつい“結果”を急いでしまいます。
子どもが動き出すこと、家庭の雰囲気が変わること、
その「変化」ばかりを目指してしまう。

でも、変化は努力の先にあるのではなく、
安心の中から自然に生まれるものです。
焦りの中では、人も家庭も動けません。
「早く変わらなきゃ」と思うほど、空気は固まっていきます。

だからこそ、manabloom は「無理に変わらなくていい」と伝えます。
家庭を支える行動の出発点は、“焦り”ではなく“安心”。
そしてその安心は、誰かから与えられるものではなく、自分の中に生まれるものなのです。


無理に変わらなくていい

不登校に直面すると、多くの親が「何とかしなきゃ」と動き出します。
情報を集め、専門家に相談し、子どもに声をかける。
もちろん、それはすべて愛情の表現です。
でも、あまりにも「変えよう」「解決しよう」とするほど、
子どもはその熱に押され、家庭の中に“息苦しさ”が生まれてしまうこともあります。

動けないときは、無理に変わらなくてもいい。
焦るより、立ち止まる。
考えすぎず、今日を静かに過ごす。
それも立派な「行動」です。

行動とは、「動くこと」だけを意味しません。
「動かない」という選択にも、意思があります。
親が焦らずに日常を保つこと――
それが、家庭全体の安定を支える「見えない行動」なのです。


「できることを動かす」から始めよう

行動は、常に大きな一歩である必要はありません。
小さな“できること”を少しずつ動かす。
その積み重ねが、やがて家庭全体を動かします。

たとえば、
・朝、家族より少し早く起きて自分の時間をつくる。
・夜、「おやすみ」を丁寧に言葉にする。
・食卓に花を一輪飾る。

そんな小さな動きであっても、
家庭の中に“やさしい流れ”が生まれます。

行動の目的は、「子どもを変える」ことではなく、
「家庭の空気をやわらかくする」こと。
焦って結果を求めず、動ける範囲でできることを動かす。
それが、manabloom が大切にしている「行動の哲学」です。


続けることより、「もう一度始める」こと

多くの親が、「続けられない自分」を責めてしまいます。
「昨日は頑張れたのに、今日は何もできなかった」
「また同じことで落ち込んでしまった」
そうやって、自分を責めることでさらに気力がなくなってしまう。

でも、暮らしも、子育ても、人生も、
“続けること”より“もう一度始めること”のほうが大切です。

毎日続けなくてもいい。
うまくいかなくても、またやり直せばいい。
その“もう一度”を重ねることが、家庭を育てていきます。

一度途切れた会話を、もう一度始める。
昨日できなかったことを、今日もう一度試す。
その繰り返しの中で、家族の呼吸が整っていきます。

manabloom の考える「行動」とは、
“継続の強さ”ではなく、“再開のやさしさ”です。


安心が先、変化はあと

「子どもが動き出せないのは、安心が足りないから」
――これは、多くの教育現場で言われてきたことです。
でも、その“安心”は、外から与えるものではありません。
家庭の中で、ゆっくりと育っていくものです。

安心を感じると、人は自然に動き出します。
逆に、焦りや不安の中では、人は心を守るために動きを止めます。

親が少し安心できるようになると、
家庭の空気が変わり、
その空気の変化が、子どもに伝わります。

「子どもが動き出す前に、空気が動く。」
この一文が、manabloom の哲学を最もよく表しています。

変化は、行動の結果ではなく、
安心が生まれた“あと”に訪れる自然な流れ。
だから、家庭を変えるために“頑張る”必要はありません。
安心を増やす。
それが、行動の最初の一歩です。


家庭を動かすのは、静かな行動

manabloom が大切にしているのは、
派手な改革や劇的な変化ではなく、
「静かな行動」が家庭を変えていくという考えです。

それは、
・一緒に食卓を囲むこと。
・朝の光を感じること。
・お互いの声をきちんと聞くこと。

こうした穏やかな動きの積み重ねが、
家庭の安心を育て、行動の循環を生みます。

親が自分を大切にし、家庭の時間を整え、
焦らずに小さく動く。
その“安心の連鎖”が、
やがて子どもを包み込み、家庭をやわらかく変えていくのです。


不登校は「止まる」ことではなく、
家庭全体が“安心して動き出す”ための準備期間。
manabloom は、そんな家庭の小さな再出発を
そっと支えるためにあります。


🌸 まとめ|不登校に悩む保護者に希望を

子どもが学校に行けなくなると、
親の心は一瞬で暗いトンネルに入ったように感じます。
朝が来るたびに不安が押し寄せ、
「このままでいいのだろうか」「自分のせいではないか」と責めてしまう日もある。

けれど、その時間は決して無駄ではありません。
不登校は、“止まってしまう出来事”ではなく、
家族がもう一度、生き方を見直すきっかけです。

子どもが学校へ行かない日々は、
家庭の中に「空白」を生み出します。
でも、その空白は、これまで見えなかった“家族の本当の姿”を映し出します。
親が焦らずに立ち止まり、
「この家をどう整えよう」「自分はどう生きていきたいか」と
静かに考え始めるとき、家庭は少しずつ息を吹き返していきます。

親が自分を責めるのをやめ、自分を大切にする。
暮らしを整え、家族で“いまを味わう”。
その積み重ねが、子どもに安心をもたらします。
そしてその安心が、やがて“行動”という形になって家庭を動かしていきます。

不登校の出口は、どこか遠くにある「正解」ではありません。
それは、**今日、家の中で生まれる小さな“安心の動き”**の中にあります。
親が笑顔でお茶を淹れる、
家族で同じ時間にごはんを食べる、
「今日はこんなふうに過ごそう」と声をかける。
そんなささやかな行動が、
子どもの心に「生きていく力」を灯します。


不登校は、子どもの未来を止める出来事ではありません。
それは、家庭と親がもう一度、未来を描き直すための時間です。

どうか、焦らないでください。
止まっているように見えるその時間の中で、
家族は、そしてあなた自身は、
確実に“新しい未来”へ向かって動いています。


manabloomは、その歩みをそっと照らす小さな灯りでありたいと思っています。
子どもの未来だけでなく、
親の人生も、もう一度輝くために。


記事を書いた人

西田 俊章(Nishida Toshiaki)

STEAM教育デザイナー / MOANAVIスクールディレクター

理科・STEAM教育の専門家として、20年以上にわたり子どもたちの学びに携わる。文部科学省検定済教科書『みんなと学ぶ 小学校理科』の著者であり、TVやラジオで教育解説の経験ももつ。「体験×対話」の学びを大切にし、子どもたちが楽しく学べる環境を提供している。

📚 経歴・資格
✅ 文部科学省検定済教科書『みんなと学ぶ 小学校理科』著者
✅ 元公立小学校教員(教員歴20年)
✅ 横浜国立大学大学院 教育学研究科 修士(教育学)
✅ TVK『テレビでLet’s study』理科講師として出演
✅ Fm yokohama『Lovely Day』でSTEAM教育を解説


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