
「分母÷分子」と式を立ててしまう。
小学5年生相当の「割り算と分数」に取り組んでいた子に、何度か見られた間違いでした。
けれど、この日の記録で印象的だったのは、間違えたことそのものではありません。
その子は、自分でミスに気づき、計算をやり直すことができていました。
学習では、最初から正しく解けることが注目されがちです。しかし実際には、間違えたあとに「何かおかしい」と立ち止まり、自分で戻れることも大切な力です。
9月11日のMOANAVIでは、そんな「間違いをそのままにせず、次の学びにつなげる姿」が見られました。
「できたか」だけでは見えない学習
この子が取り組んでいたのは、小学5年生相当の算数です。
「最大公約数」「割り算と分数」「分数と小数・整数の関係」と学習を進め、いずれも最終的な理解度は100となりました。
ただ、記録を細かく見ると、最初から迷いなく進んでいたわけではありません。
「割り算と分数」では、分数を小数に直すときに、本来とは逆の「分母÷分子」と式を立ててしまうことが何度かありました。
たとえば、分数を小数に直すには、分子を分母で割ります。
単に手順だけを覚えていると、どちらをどちらで割るのかが入れ替わってしまうことがあります。
この日の大事な点は、教師がそのたびに正しい式を教え直した、ということではありません。
本人が自分でミスに気づき、計算し直すことができていたことです。
「答えが違う」「計算が合わない」という結果から、自分の途中式に戻る。
そこから、どこで間違えたのかを探す。
正しい答えを出すことだけではなく、自分の学習を自分で点検する動きが生まれていました。
振り返りに残った「次は凡ミスしないように」
同じ子は、「最大公約数」の学習後に、こんな振り返りを残しています。
次は凡ミスしない用意頑張ります。
原文のままの短い一文ですが、その日の学習を象徴する言葉でもあります。
最大公約数では50点や60点で終わったわけではなく、理解度は100でした。
それでも本人は、「できた」で終わらず、次に注意したいことを自分なりに残しています。
さらにメモには、
2 3 5が出たら割り切れない。
という記録もありました。
自分が学習中に気づいたことを言葉として残そうとしていることがわかります。
教材を終えることが目的になると、「丸がついた」「100点だった」で学習は途切れます。
一方で、自分がどこで間違えやすいのか、何に気をつけたいのかまで振り返ると、その学習は次の問題へつながっていきます。
MOANAVIで使っているKami学では、プリントなどを使った学習の記録とともに、こうした確認や振り返りを重ねています。
この日のように、答えを合わせるだけでなく「どこで間違えたか」「次はどうするか」まで学習の一部になることがあります。
そのあと、計算104問をすべて正解
この子は同じ日に、計算練習のCALCにも取り組んでいます。
回答したのは104問。
足し算7問、かけ算97問で、104問すべて正解でした。
もちろん、先ほどの分数の学習と、この104問全問正解を単純に因果関係で結びつけることはできません。
ただ、一日の中で「間違いに気づいて直す学習」と「たくさんの計算を正確に続ける学習」の両方があったことは興味深いところです。
学習には、じっくり考える時間もあれば、反復して確かさを高める時間もあります。
一つの方法だけで勉強するのではなく、その日の中でも学び方は変わります。
CALCは、足し算・かけ算などの計算問題に繰り返し取り組める教材です。今回のように、紙の学習で考えたあとに計算練習へ移ることもあれば、反対に計算から学習を始める子もいます。
「今日は何から始めるか」が一人ひとり違うのも、MOANAVIの日常です。
別の子は「三角形の作図」を平行四辺形へつなげていた
同じ日、別の小学生の算数学習でも、答えだけでは測れない場面がありました。
小学5年生相当の「合同な図形」で平行四辺形を作図していたときのことです。
その子は、平行四辺形の作図は、三角形の作図を応用すればできることに気づいていました。
これは、すでに学んだ方法を別の図形へ使おうとする動きです。
一方で、見本の辺の長さをそのままコンパスで取って作図しようとしていました。
そこで教師から「定規ではかってみる」よう伝えました。
できている部分と、まだ支援が必要な部分が同じ場面の中にあります。
「平行四辺形の作図ができた・できなかった」だけで見てしまえば、この学習の中身はほとんど見えません。
三角形の作図との共通点には自分で気づいている。
しかし、長さを扱う方法には修正が必要だった。
こうした途中の姿を見ることで、次に何を自分でできそうなのか、どこを少し支えればよいのかが見えてきます。
間違いをなくすことより、間違いから戻れること
子どもの学習を見ていると、「間違えないようにさせたい」と思う場面はたくさんあります。
けれど、すべての間違いを大人が先回りして防いでしまえば、自分で違和感に気づき、自分の考えを修正する経験は減ってしまいます。
今回の「分母÷分子」という間違いも、間違えたことだけを見れば、まだ理解が十分ではないように見えるかもしれません。
しかし、そのあとに自分で気づいて直している。
そこまでを含めて見ると、学習の姿は大きく変わります。
もちろん、いつでも子どもだけで修正できるわけではありません。
平行四辺形の作図のように、教師から一つの視点を伝えることで次へ進める場面もあります。
だから、MOANAVIで大切にしたいのは「全部自分でやること」ではありません。
自分で考えられるところは自分で進み、必要なところでは教材や教師を使い、また自分の学習へ戻っていくこと。
この日残った記録には、その往復がありました。
100点や正答率だけでは残らない、小さな学びです。
「間違えた。でも、自分で気づいた。」
その経験は、次の問題を解くときにも使えるかもしれません。
学習の価値は、正解の数だけでは測れません。
何を間違え、どう戻り、次に何をしようとしたのか。
その過程まで見ていくと、子どもが学んでいるものは、問題の答えより少し大きなものになっていきます。

