「むずかしかったことはしらべること」調べながら進めた理科のプリント

「むずかしかったことはしらべること」

理科のプリントを終えたあと、そう振り返っていました。

答えを書くことではなく、「調べること」が難しかったと残していた記録です。

この日取り組んでいたのは、6年生理科の「人や動物の体とはたらき」と「植物の体とはたらき」の学習でした。

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ほとんどの時間を「調べる」に使っていた

最初に取り組んでいたのは、「人や動物の体とはたらき3」のプリントでした。

学習時間は10分19秒。

そのうち、調べる時間は10分18秒でした。

ほとんどすべての時間を、調べながら進めていたことになります。

次に取り組んだ「人や動物の体とはたらき4」でも同じでした。

学習時間11分39秒のうち、調べた時間は11分38秒。

ただ問題を埋めていくだけではなく、教科書や図を見返しながら、確認しながら進めていた様子が記録に残っています。

理科の学習では、「覚えているか」が目立ちやすいですが、実際には「どこを見て調べるか」が大きな力になります。

わからない問題が出てきたときに、そのまま止まるのではなく、自分で情報を探していく。

この日は、その時間がとても長く続いていました。

「肺」と「心臓」の違いを見ながら考える

この日のアセスメントには、こんな記録がありました。

肺と心臓の違い、小腸と大腸の違いを部位や内側の膜の形構造に着目して解けるようになった。

理科のプリントでは、ただ言葉を覚えるだけでは答えられない問題があります。

肺と心臓。

小腸と大腸。

名前は知っていても、「どう違うのか」を理解していないと迷いやすい単元です。

この子は、図や構造を見ながら、その違いを整理していました。

例えば、小腸と大腸はどちらも消化管の一部ですが、役割も内側の構造も違います。

肺と心臓も、どちらも胸の中にありますが、はたらきはまったく違います。

問題を見てすぐ答えるというより、「どこが違うんだろう」と確認しながら進めていた時間だったことがわかります。

「調べること」が難しい

振り返りの中で印象的だったのは、

むずかしかったことはしらべること

という言葉でした。

問題が難しかった、ではありません。

答えを書くことが難しかった、でもありません。

「調べること」が難しかった。

これは、とても具体的な振り返りです。

調べるという行動は、一見すると簡単そうに見えます。

でも実際には、

どこを見ればいいのか。

どの図を見ればいいのか。

どの言葉が答えにつながるのか。

そうしたことを自分で考えながら進めなければなりません。

教科書を開けば答えがすぐ見つかるわけではありません。

だからこそ、調べること自体に時間がかかります。

そして、この子はその難しさを、自分の言葉で残していました。

「ヒントでできた」が並んでいた理由

この日のZPDの記録を見ると、「人の体のつくりとはたらき」の単元には、「ヒントでできた」というステータスが多く並んでいました。

・人は食べた物を体の中で消化していることがわかる
・食べ物の通り道を図やモデルで確かめることができる
・胃や小腸、大腸などのはたらきのちがいがわかる
・呼吸によって酸素を取り入れ、二酸化炭素を出していることがわかる

など、多くの項目が「ヒントでできた」になっています。

これは、「わからなかった」というよりも、自分だけではまだ整理しきれない部分があった状態とも言えます。

理科では、知識が単独で存在しているわけではありません。

消化、呼吸、血液、心臓。

それぞれがつながっています。

だからこそ、一つ理解しても、別の部分で混乱することがあります。

この日は、その複雑さと向き合いながら進めていた時間でした。

最後に書かれていた「うれしかったこと」

最後に取り組んでいたのは、「植物の体とはたらき」のプリントでした。

このプリントでは、16分51秒学習しています。

前のプリントとは違い、このときは調べた時間は0秒でした。

その代わり、確認時間が5分55秒あります。

書き終えたあと、自分で見直したり、確認したりする時間を長く取っていました。

そして、振り返りにはこう書かれていました。

うれしかったことは全問正解

最初の方では、「調べることが難しかった」と書いていた子が、最後には「全問正解がうれしかった」と残しています。

ただ丸がついたことだけではなく、自分で調べたり確認したりしながら進めた先にあった正解だったのかもしれません。

自分で進める時間が増えていく

この日の記録では、先生への相談時間はありませんでした。

わからない問題が出てきたとき、まず自分で調べる。

図を見る。

教科書を読む。

違いを探す。

確認する。

その流れを、自分で続けていました。

理科の学習では、「正解したか」だけが目立ちやすいですが、その前にはたくさんの行動があります。

どこを見るか。

何を比べるか。

どこで迷ったか。

この日の記録には、その途中の時間がしっかり残っていました。

「調べる」が学びになっていく

「むずかしかったことはしらべること」

この言葉は、単なる感想ではなく、この日の学習そのものを表していたように感じます。

わからない問題があったときに、自分で教科書を開く。

図を見ながら違いを探す。

確認しながら答えを整理する。

その積み重ねの中で、最後には「全問正解がうれしかった」という言葉が出てきました。

調べること自体が難しかった日。

でも、その時間が、自分で進める学びにつながっていました。

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